■里の思い出■


 俺には、3つ年下の弟がいる。
 名前は、一鍬。



「兄者っ」
 土曜日の昼下がり、俺は弟と一緒に近くの山まで来た。
 前から一鍬はこの山に行きたいと行っていたので、都合もついたし連れてきてやった。
「なんだ?何か見つけたのか」
 俺が教科書(忍たまの友にアラズ)から目を上げると、一鍬は何かを大事そうに両手に握っている。
 虫でも捕まえたのだろうか。
「兄者にあげるよ。ほら、見てっ」
 そおっと、薄く開かれた一鍬の小さな手から覗いたのは、こげ茶色のつやっとした…角。
「カブト虫か」
「うん。木蹴ったら落ちてきたんだ」
「なるほど、こいつはお前のキックに負けたわけだ。初勝利だな、一鍬」
「えっ…そっか。初勝利かぁ」
 すると、なにやら感慨深げに、一鍬はカブト虫を撫でた。
「嬉しいな、初めてだよ。一人で何かしたの」
「そうか」
「うん」
「で、俺にくれるんだろう?それ」
「あ、そうだった。はい、持っててね。逃がさないでよ」
 そう言ってカブト虫を突きつけると、一鍬は駆け出していった。
「おい、一鍬!あんまり遠くに行くなよ」
「わかってる!」
 一鍬はぱたぱたと木々に紛れていく。
 その様子がとても微笑ましかった。

 日が、落ちかけてきた。
 もうそろそろ里に戻らないといけないというのに、一鍬はあれから姿を見せない。
 昆虫探しに夢中になっているのかもしれない。
 そもそも、一鍬が山に行きたいと言い出したのは、同じクラスの奴に大きなクワガタムシを見せ付けられたからだった。
 父上に取ってもらったという自慢話に、一鍬は悔しい思いをしたのだろう。
 なにせあんな父であるから、遊びで山になど行ったことがなかった。俺も、全然気にかけてやらなかったし。
 だから、嬉しくて夢中になっても、8歳の子供ならおかしくはない。
「迎えに行くか」
 俺は教科書を懐にしまい、いつのまにか飛んでいってしまったカブト虫をどうやって謝ろうかと考えながら、一鍬を探した。

 いない。

 もう薄暗くなり始めたが、一鍬の姿が見当たらない。
 人が通ったような跡を追ってきたはずだが、いつのまにか随分里から離れてしまった。
 まさか、いくらなんでも一鍬一人でここまで来るはずが無い。おそらく誤ったのだろう。
 俺は引き返した。

 見つからない。

 そろそろ不安になってきた。
 日は完全に山間に消えてしまった。母上も心配しているだろう。
 早く一鍬を見つけなくては…
 いや、もしかしたら。
 こんなに暗くなったのだ。一鍬は里に帰ったのかもしれない。
 そう思い、一度里に下りるか…と、足を向けた時。

「手裏剣…?」

 足元に手裏剣を見つけた。
 それは、低学年用の刃が鈍くて小さいもの。
 悪い予感がし、俺は拾い上げ裏を見た。
 そこには、
 一鍬の名前シール。

「一鍬!どこだっ!返事しろ!!」
 この近くにいるのかもしれない。
 そう思い、俺は恥をしのんで大声をあげた。
 すると、

「…あ、…あにじゃ……!」

 丁度、草に隠れて見えにくくなっている崖の中ほどに、
 一鍬はいた。


 その夜の親父の雷は凄かった。
 俺の監督不行き届きで、一鍬を危ない目に合わせてしまった。
 一鍬は誤って崖を滑り落ち、上れなくて立ち往生していた。俺一人では助けられず、仕方なく親父を呼んで事は無事終わったが。
 夕食は無かった。

「兄者」
 空しい音をたてる腹を押さえながら、不貞寝していると、一鍬がおにぎりを持ってやってきた。
「一鍬、それ…!」
「うん、母上に作っていただいた。父上には内緒」
 そう言って、一鍬はにこりと笑い、おにぎりを差し出した。
「よかった、死にそうだったんだ」
 俺がおにぎりにぱくついていると、一鍬は俺の前に正座し…うつむいた。
「ん?…どうした、一鍬」
「ごめんなさい。俺のせいで、兄者だけが叱られるようなことに…」
「あぁ、気にするな。親父…じゃない、父上のお怒りには慣れている。気に病むことはない」
「でも…あの山に行こうと言ったのは俺だし。俺の不注意で落ちてしまったわけだし」
「俺が悪いんだ。来週の試験が気になっていたばかりに、大切な弟に怪我をさせてしまった」
「でもっ…」
「くどいぞ、一鍬」
 まだ何か言おうとする一鍬を、俺は黙らせた。
 とたんに、またしゅんとうつむく。
 まったく、弟は真面目すぎる。
 素直すぎる。
 前に、誰かが俺を真面目人間と冷やかしたが、一鍬ほどではない。
「まっすぐに、育ちすぎたな」
「えっ…?」
「なんでもない。お前も食うか?」
「あ、いや、俺は夕飯をいただいたから…」
「いいから、こっちきて食え」
 俺は隣をぱんぱんと叩いた。
 一鍬は少し躊躇うようにしていたが、正座を解き、俺の隣に腰をおろした。

「ありがとう」

 小さくつぶやいた礼に、俺は気づいた。
(まったく…)
 可愛い奴だ。
「ほら」
「うん、いただきます」
 一鍬はおにぎりを受け取った。

「そうだ。悪かったな、カブト虫…どこかに飛んでいってしまった」
「え、あ、いいよ、あんなの…」
「クワガタが欲しかったんだろ?」
「うん。でも、もういいんだ」
「?」

「俺には、自慢できる兄がいるから」

 …おにぎり吹くところだった。
 そんな、天使のような微笑で…まったく。
 顔が熱くなっていくのを隠すように、俺はそっぽを向いた。
「兄者?」
 そんな俺が気になるのか、一鍬はわざわざ俺の目の前にやってきて、顔をうかがおうとする。
 あー…

「一鍬」
「なに?」
「ごはん粒がついてる」
「えっ!ど、どこ?」
 慌てて自分の口周りを探る一鍬。
 はぁ。
 そんなの、どこにもついてないぜ…一鍬。



                                     おわり


Top



 クールな昆虫兄弟が、ショタ化してしまいました♪
 しかも、健全。
 もっと、「おにぎりをあ〜んして食べさせてあげるv」とか、「口元についたご飯粒を舐めとってあげるv」とか、「傷ついた弟をお姫様だっこv」とか、できたはずなのに!!
 龍騎萌えしすぎた反動かしら…
 勉強してまいりまっす♪















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送